はいさい!ぐすーよーちゅうがなびら。
今日は前日お伝えした読谷村渡具知ビーチの南側にある「トゥマイグシク(泊城)」を紹介します。

読谷村渡具知ビーチは最近はBBQスポットとして人気の隠れた穴場ビーチです。
場所はこちら。

左側の立て札を見てみると、

今から600年前、三山戦国時代の中今帰仁城主は、臣下であった本部大主の謀反にあう。嗣子の千代松金、後の丘春は北谷間切砂辺村へ落延び、18年後に旧臣を集めて本部大主を討って、今帰仁城を奪い返した。しかるに、同族の怕尼芝(はにじ)に攻められ、中北山は滅んだ。隠居の身であった丘春は、住み慣れた北谷間切りの北に接する読谷山間切に戻り、生涯を終える。丘春と臣下の遺骨は、此の地の東の方、『鷹の目洞窟』に葬られ、以後、此の地一帯を渡具知泊城と称す。1979年12月22日。
トゥマイグシク立て札より引用
遠く今帰仁城主との関りがあり、無念にも謀反で滅ぼされた丘春の曰くつきのお城ということか。

ちょっと覗いてみると、結構見ごたえのありそうな岩の雰囲気がある。
よくみると看板の横に階段があるので登ってみる。



ここからは、トゥマイグシクの荒波に削れた岩の数々をご覧ください。




このほこらの裏も波が寄せる不思議な穴の開き方をしている。

今は民間の人によって封鎖されてしまった今帰仁村の「ワルミ」
あそこも岩の間に岩がニュキっとでていたが、ここも似ていると言えば似ている。
それで今帰仁つながりなのだろうか・・・



昔の沖縄では、夕暮れに男女が集い三味線を弾きながら歌い踊った「毛遊び(モーアシビ)」という、今で言うところの合コンなのかクラブなのか、とにかくそういう遊びが若者の文化であった。
ここトゥマイグシクも、見た通り岩がくりぬかれて暑さをしのげる構造となっているので、若者たちの毛遊びの場所となっていたようだ。
そう考えると、なんだかドキドキしてくる空間ですな。
渡久地ビーチを訪ねた際は、ぜひ足を伸ばしてみてください。
それではまた!ごきげんよう!!

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