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【沖縄観光】元祖組踊!玉城朝薫のお墓の探訪記

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【沖縄観光】元祖組踊!玉城朝薫のお墓を探訪記

はいさい!ぐすーよーちゅうがなびら。

2019年は組踊(くみおどり)生誕300年って知っていましたか?

組踊は沖縄独自の伝統芸能。

その説明は、国立劇場おきなわより少し拝借いたしましょう。

組踊とは、せりふ、音楽、所作、舞踊によって構成される歌舞劇であり、首里王府が中国皇帝の使者である冊封使を歓待するために、踊奉行であった玉城朝薫(1684~1734)に創作させました。

1719年、尚敬王の冊封儀礼の際に初演されました。

朝薫は生涯において、薩摩や江戸に公務で7回出かけています。そこで能や狂言、歌舞伎などの大和芸能を鑑賞し、琉球国内では中国戯曲を鑑賞するなどして造詣を深めました。

そして、琉球古来の芸能や故事を基礎に、大和芸能や中国戯曲にヒントを得て組踊を創作したのです。

朝薫は「執心鐘入」「二童敵討」「銘苅子」「女物狂」「孝行の巻」をつくりました。これらの作品を〈朝薫の五番〉と称しています。

組踊の担い手は、王府に勤務する士族とその子弟(すべて男性)でした。〈忠〉〈孝〉〈王府が強く関わること〉をテーマにした組踊は冊封使に好評を博しました。

以後、冊封使歓待の踊番組は組踊を中心にして構成されるようになりました。

また、組踊は1800年代にはすでに地方の村踊りでも上演されていたと思われます。

昭和47年5月15日、沖縄が日本へ復帰すると同時に、組踊は我が国の優れた芸能の一つであるとして、能、歌舞伎、文楽などと同じく国の重要無形文化財に指定されました。

また、平成22年11月16日、組踊は国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。

国立劇場おきなわHPより引用

そうなんです。

組踊ってなんとユネスコも認める伝統芸能なんです。

その組踊の生みの親、「玉城朝薫」のお墓が浦添市前田にあるのはご存じでしたか?

今日は玉城朝薫のお墓を紹介します。

玉城朝薫の制作した「執心鐘入」の舞台になった那覇市首里の末吉宮については、以前の記事で紹介しています。

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玉城朝薫のお墓について

玉城朝薫のお墓について

玉城朝薫のお墓は何とトンネルの上にございます。

そして今となっては、その上をモノレールが通るという何ともはや近代的な建造物に囲まれた由緒あるお墓となっております。

場所はこちらです。

すごいですよね。

ご本人が一番びっくりしていると思います・・・

ちなみに駐車場はございません。

通行のジャマにならないように、ご判断お願いします。

場所の目印は、アート引越センターの目の前です。

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きれいに整備されたお墓

墓標

玉城朝薫のお墓は(邊土名家の墓)となっています。

現在でもお墓を大切にされている方がいらっしゃいます。

参拝するときは敬意をもって参拝しましょう。

階段をのぼる

階段

お墓までは階段でのぼります。

車いすや足が不自由な方は厳しいと思います。

階段

子供はどんどんのぼっていきます。

道

階段自体はそんなにありません。

のぼりきると整備された道があります。

看板

看板が見えてきます。

玉城朝薫のお墓についての説明版です。

説明版を要約しますと、

  • 玉城朝薫は組踊の創始者
  • 朝薫の家計は代々玉城間切(まぎり)総地頭だった
  • 子孫の代に「邊土名」に家名が変わった
  • 朝薫は冊封史を歓待するために1719年に組踊を初めて演じた
  • 組踊は音楽・舞踊・所作・せりふで構成される
  • 能や歌舞伎の影響を受けたようだが物語の内容は琉球の故事がもと
  • 2019年にユネスコの無形文化遺産リストに登録
  • 墓の内部は石を積んで壁や天井を組み上げている
  • 天井は4本の柱で支えられている
  • 墓庭の石積みはハチ状に開くなど曲線を多用している
  • 亀甲墓が成立していく17世紀後半から18世紀前半につくられたと考えられる

ということです。

中に4本の柱とは、構造が気になりますねぇ。

子孫しか知ることができない秘密ですね。

沖縄のお墓を開けるときは、亡くなった方のお骨を収めるときだけですからね。

開かれた墓庭

墓庭

説明版の前を行くとそこはもうお墓です。

墓

ほんと、独特のつくりですよね。

なかなか見ない形。

正面から見るとまさにアレに見えますね。

墓

亀甲墓の形は女性の子宮をまねしたという説。

わかる気がする・・・

トンネルの上の絶景

絶景

お墓から下をのぞくと結構な高さ。

モノレールが開通してだいぶ景色が変わったでしょうね。

ちなみに最寄り駅は「経塚駅」です。

経塚駅からトンネル目指して歩き、通り抜けてください。

ちなみにこのトンネル。

開通までにかなり長い期間を要しています。

トンネルだけ先にできて、道路はなかなか開通しませんでした。

そのため当時は人通りがほとんどなく、よくある「トンネル都市伝説」が聞かれました。

そりゃお墓の下にあったら何かでるよな・・・( ;∀;)

今となっては5分に1回くらいの割合でモノレールが通ります。

モノレールを下か間近に見ることできる場所になっています。

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今日のエンジョイ!

お墓の前の庭が広く、桜も咲いてステキな場所でした。

浦添城址までまわることがあったら、玉城朝薫のお墓までぜひ足をのばしてみてくださいね。

「執心鐘入」の末吉宮もオススメですよ。

それではまた!ごきげんよう!!

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